時代に問われ、自らを問う

  • 2018.05.15 Tuesday
  • 15:04

 

保養活動に対する抑圧的事象があちらこちらで・・・

 

真宗大谷派月刊新聞に掲載された短い文にも表れました。

 

保養開催者に対し、

いつまでも保養活動をするから風評被害をまねくのだ

福島はもう安全なのにと言ってくる人があり、

善意でやった事なのに、そのような結果を生むことがあることを

「善人の闇」として教えにつなげてしまった内容でした。

 

それに対し、

下記のような意見を東本願寺出版に送りました。

 

 

 

 

同朋新聞2018年2月号 

時問自問「善人の闇」について

 

 この記事に大きな疑問を持ったのでお便りいたします。このコーナーの副題には―時代に問われ、自らに問うーとありますが、まさにこの内容は今という時代から問われるべき内容であると思いました。

 

福島第1原発事故の原子力緊急事態宣言が発令されて丸7年を迎えようとしています。発令が解除されないのは、当然まだ緊急事態であるからです。メルトダウンした核燃料は今も大量の放射性物質を放出しており、汚染水が増え続け、致死量の放射線量で近づけないため、溶けだした燃料がどのような状態かも分からず、収束方法も世界の科学者のだれもわからないという過酷な事故が続いているのです。

このことは日本国内ではほとんど報道されませんが、残念ながら事実です。私たちが物事を判断するのに事実に立つことが重要だということは誰しも認めることです。そしてもう一つの事実は、福島第1原発事故の警戒区域が解除され、避難者への支援が打ち切られ「復興している」という「報道がある」ということです。

この二つの矛盾した事実から、私たちはどのような時代状況を感じ取り、理解し、判断するのかが問われているのではないかと思います。

 

 

文章を書かれた方が、被爆地長崎で放射能から子どもを守る保養活動をされたのは、被ばくに対する知識と、チェルノブイリ原発事故後の保養活動(→*)を知っておられ、放射能汚染から子どもたちを守らなければと、まさに時代に問われ、起こされた根拠のある行動であったと思います。本来公的にすべきことで、資金面や人的にも、色々な試行錯誤の必要があり、本当にご苦労が大きかったことと思います。

そういう筆者の方に対して、「未だに「保養」という言葉を用いるから福島には「保養をしなければならないような現状があるという風評被害を生みはしないか」ということを言う人があったということで、言われた筆者は、自分が困った人に手を差し伸べようとしたことが、知らないところで誰かを傷つけるとは思いもよらなかったと言われるわけです。

 

 

疑問の一つは、筆者はその言葉の根拠を、言った人に尋ねられたのだろうかということです。そのあたりのことは文中には書かれず、筆者はその言葉をそのまま受け取り、善人の闇として教えにつなげておられます。後半に書かれた保養に参加する方への福島の知人からの言葉も、その根拠は何でしょうか。「放射線量は健康に害を及ぼさない値にまで下がっている」というところもあれば、そうでないところもあるのです。それを無視して「福島は」というところでひとくくりにするのは、放射性物質の汚染の実態を知らないか、そうでないとすれば、事実に立とうとしない立場であることが推察されます。

 

 

少し調べれば汚染は均一でなく、環境に広がった放射性物質の挙動がつかみきれないこと、公的「除染」は基準値を下げて範囲を限って一回きりしか行わない、野原や山・川は除染できないこと、そこからは風雨によって放射性微粒子が再浮遊し再汚染すること、放射線由来の病気であると、チェルノブイリの民衆が原子力推進勢力に認めさせた唯一の病気である小児甲状腺がん及びがん疑いが、福島県民健康調査で193人と発表されていること、しかもそれは全体数ではないこと、などがわかります。そういった実態をかえりみず「福島はもう安全」という言葉があちらこちらで聞こえてくるのが、まさに今の時というわけです。

 

 

もともと見えず、臭わず、痛くない、ホットスポット化する放射能被害を見ようとするかしないかは、誰かの命を見ようとするかしないかにつながります。まさに筆者のいう「知らないところで違う人々を傷つけている」ことであり、もしかして命を奪いかねない、大きな犠牲を強いるあり方です。特に放射能汚染から距離のある人々が、今起きていることを知らず、物事をあいまいにとらえることが、被害者を置き去りにする自覚のない暴力として、霧のように状況を薄暗くすることとなってしまいます。

 

 

時代に問われ、自らに問うということを、私自身も保養開催者として、自分で自分を善きものとするという意識で「保養」を行っていたのではないかと問わなければなりません。それこそが問われるべきことなのではないかと思います。なぜなら福島第1原発事故についての真実を求め、その隠されたメルトダウンと事故対応により、被害がビッグバンのように拡大しているということを見極めた上で、今の世界的な原子力推進・核問題の下にある、日本の原発再稼働や輸出への強力な推進と連動した福島の抑圧下の状況を知るとき、「善意」という不安定な足場は、はかなくも崩れ去ります。原発の過酷事故を招き、子どもたち、まだ見ぬ未来に生きる人たち、そして生き物から、安全な世界を奪いつつある自分の罪業を自覚し、贖罪と、償いきれない罪を背負うしっかりとした大地に立つ以外はなくなるのです。

 

 

それが「未だに〜風評被害」「福島は安全なのになぜ保養に行くのか」といったような、これからもあるであろう「働きかけ」にしっかり対峙しうる土台となり、その獲得と共有こそが、時代に問われているのではないでしょうか。「難中至難」であることかもしれませんが、けっして福島だけのことでない、狭い日本に住むいろいろな意味での当事者として、大きな人生の課題として自分で考えて行かなければならないのだと思います。

 

 

「福島」差別を防ぐとして、放射線の危険度を過小評価することが、果たして本当に差別しないことなのか、何を利し、何を犠牲にするのか、この葛藤を宗教者としてどのように担っていけばいいのか、そこに善人の闇はないのか・・・。この問題は、大谷派の姿勢として、考えて行くべきことで、同朋新聞の紙面に「善人の闇」として掲載したからには、その闇を照らす内容を大きく掲載していただきたいと思います。

 

 

なお、同封したものは福島県二本松市に住む関久雄さんが書かれたものですが、今の福島の現状を理解するのに大変参考になりますので、ご本人に了承を得て同封いたします。筆者の寺本さんにもぜひご一読いただきたいものです。

 

 

もうひとつ同封したものは、長年各地の放射線量を測り続けて来られた京都大学の研究者である河野益近さんの科学的知見です。放射線の危険性と危険度について明確に、客観的に私たちに判断のよりどころを与えてくれるものです。ご一読下さい。

 

*放射線の影響のないところで長期の保養を行うと、子どもたちの健康は大きく改善されることが分かっており、チェルノブイリ原発事故被害地では保養はもちろん、放射線防護のための様々な方策や、避難移住のサポート、仕事のあっせん、医療保障などが法律のもと、公費で行われています。30年経った今もです。それでも今生まれてくる子どもたちの8割が何らかの病状を抱えているという現実があります。日本の子どもたちは、なぜそれ以上の汚染地で暮らさせられ、その上に公的支援を受けることができないのでしょうか。チェルノブイリでもはじめは放置されていましたが、多くの人々がそれを知り声を上げて行くことで法律を獲得したとのことです。私たちもやらなくてもいいのでしょうか。なむあみだぶつ

 

 

2018年2月28日

     釈 惟蓮 後藤由美子

 

 

 

 

 

同朋新聞「時問自問」への意見添付文書

2018年 フクシマはどこへ向かう        

      関 久雄(二本松市、NPOライフケア)

 

1 「保養はいらない」の声

 

2015年の2月、石川県で保養をやっているMさんから電話がありました。保養に子どもを出している親御さんとの「おとな会議」を猪苗代町で開くので参加してくれないかとのこと。聞けば、ある親から「保養はもう必要ない。そのことを親同士で話したい」との提起が出されたとの話でした。泊りがけの会議に集まった大人は14名ほど、まず、最初に問題提起をされた方から30分話を聞きました。

「福島の放射能線量は下がって他の地域と変わらない。ここが危険だから保養に行くという段階ではない。むしろ福島に来てもらいたい。これからは交流事業」ということを話されました。「放射能は問題ない」という根拠は山下俊一氏らの「安全論」に基づくものでした。その後、参加者から意見が出されましたが、保養にいけて子どもが元気になった、やはり保養は必要といった意見がほとんどで、保養はいらないという声は問題提起をした人だけでした。私は保養に参加させた親から「保養不要論」が出たことに驚きました。さらに、こういった動きは他の保養現場でも起きていると聞きました。保養がいらないと思うなら参加しなければいいだけなのにわざわざ主催者に伝えに来てやらなくていいと言う。その背景には何があるのだろうと考えました。

 

除染土の積まれた福島市の公園

 

 

 

●バッシングと全体主義

 

その翌年、私は保養の資金集めでクラウドファンディングに取り組みました。レディフォーという会社に依頼し、「放射能汚染地域で暮らす福島の子どもたちの心と体に元気を取り戻したい」というタイトルで目標額100万円を立てました。ところが、1週間後に会社から「クレームが入っている」と連絡があり、書き込みがされているネットを見て仰天しました。そこには、「福島のどこがいま危険だというのか。県内も県外も線量は変わらない。勉強をしないにも程がある。関は不安を煽って金を集める詐欺師だ」とあったのです。同じような書き込みが100件ほどあり、私のNPOや関係している人たちのことを調べ上げバッシングしていました。寄附はなんとか集まったものの、ショックを受けました。保養に公的な支援はなく、どこの保養も必死でお金や人の手配をして運営しています。市民の善意で年に1万5千人ほどの福島の子どもたちが保養に行けているのですが、福島は問題ないとする人たちにとって保養に行くということは、「福島が危険だから外に出るという風評を煽る行為」と映ったのでしょうか。これまで保養が批判されることは無かっただけに驚きでした。そして、それが今、エスカレートしているように見えます。

「受入れ全国連絡協議会」という保養のネットワークがあります。保養の実態調査を行い寄せられたアンケートをまとめ、2017年の秋に東京と福島で記者会見し、保養への支援を訴え新聞でも取り上げられました。ところがその記者会見を行った担当のHさんに対しメールや電話でバッシングする動きが起きたのです。100件ほどの内容は、「保養は福島が危険だから出ていくという行為で、風評を煽る活動だ」といったものでHさんは恐怖を感じたと言います。どうしてこうなるのでしょうか?

2011年の原発事故後、避難した人は「何で逃げるんだ」と言われ、福島に残った人は「何でにいるんだ、そこで子育てをするのは子殺しと同じだ」などと言われたり、傷ついた人はたくさんいます。家庭や人間関係が壊れた例も多々あります。事故から5年も過ぎると出た人も福島にとどまった人も、何でそうしたかを説明しなければならない場面に遭遇します。同時に自分が納得する根拠を探します。その中には「放射能は問題ない」という話で安心する人もいます。もう復興だ、ふるさとを守りたい、だから風評は許せないという気持ちの中で、「保養は風評を煽る」という人が出てきたのかもしれません。20ミリシーベルトでの帰還事業が進められる中、住民の中には、「保養?まだそんなことやっているの?」という人もいます。私の知人は、「普段は放射能はぜんぜん気にしていませんって顔をしていて、近所には黙って保養に出かけている。だから私たちは『隠れキニシタン』なんです」と話す人がいました。復興政策の中で不安を口に出せなくなる、他方、積極的に原発に反対する人を排除する動き。いま、福島の中には全体主義的な空気感や怖さが漂っている感じがします。

 

●若い人だちから見る、「福島のいま」

 

2015年の10月10日、高校生らの発案で「きれいにすっぺ6国」と題するイベントがあり、原発のある国道6号線の一斉清掃活動が行われました。これに対し「子どもを被ばくさせるな」と全国から1、000件を超える抗議のメール、ファックスが寄せられました。被ばくしないほうがいいのはその通りですが、でも、決めたのは高校生です。365日、放射能に囲まれ暮らしている中で一日だけを「被ばくさせるな」と抗議しても、と複雑な思いにかられました。翌日の福島の新聞にはこの抗議活動に対し「復興の自由を侵害する」と書かれていたり、「若い人の気持ちを考えろ」という声もありました。

翌年には高校生による福島原発の「廃炉ツアー」が早野龍吾氏の段取りで実現し、この様子がNHK福島で特集されました。早野氏は、「廃炉の問題は福島の未来を担う若い君たちの課題」として一年間、東電と交渉して実現させたそうです。(フクイチは18才以下の就労を禁じています)マスクもせず制服のまま、鉛の板の入ったバスの中から廃炉の様子を見る生徒たち。見学後、身に着けたガラスバッジを測定して「被ばく線量は歯のレントゲン一回分」と告げられていました。福島の若者の中には故郷を何とかしたいと考える人は当然います。放射線量はもう問題ない、安心して子供も産めるんだよと言われたら安心する人もいるでしょう。また、廃炉はここで暮らす自分たちの課題と受け取る若者もいる筈です。でも、君たちには他所暮らす選択もあるし、何よりも廃炉は若いあなた方の責務ではないと言いたいです。

2017年の夏、福島の高校生たちがベラルーシに行きました。視察というよりも海外旅行という感じで、ベラルーシがどんな国かもよく知らなかったようです。地元の子どもらと福島原発の話をしていろいろ気づきもあったようですが、帰国後の報告会の中での発言は、「保養よりも復興」、「エネルギーのことを考えると原発も必要か悩む」とか、「保養センターをつくるなら福島へ」といった発言が多く、これが過酷事故を体験した子どもたちの意見なの?と驚かされました。私が保養で出会った子どもたちは原発に対し、「あんなものはいらない」、「大きくなったらなくしていく」と語っていましたから福島の子どもたちも様々です。子どもの考える力というよりも、大人が何を伝えていったかが問われています。

 

●「しあわせになるための『福島差別』論」

 

2018年の1月、「しあわせになるための『福島差別』論」という本が出版されました。執筆者は池田香代子、清水修二、開沼博、野口邦和、児玉一八、松本春野、早野龍吾、大森真、越智小枝氏ら14名の多様な分野の顔ぶれです。本の内容はざっくり言えば、放射能は正しく恐れること、事故のひばく量は大したものではない、ここで安心して暮らせるということ、そして事故に絡んで起きた偏見、差別や分断は、反原発活動の人たちが根拠のない話を振りまき、福島の人の不安につけこんで生じたという風に書かれています。本の帯には、「1それぞれの判断とお互いを尊重する。」、「2科学的な議論の土俵を共有する」、「めざすのは、福島の人たちのしあわせ」とあります。この本のねらいはどこにあるのでしょうか?

私は専門家ではないのですが、これまで起きたことを見ればどうすればいいかは判断できます。絶対安全と言われた原発が、津波ではなく地震で配管が破断しメルトダウンを起こせば、いくら分厚い格納容器も溶ける欠陥構造だとわかります。チェルノブイリの今は福島の30年後の姿ですし、身の回りで突然死や病気が増え、自分も具合が悪くなり子どもが鼻血を出せば低線量でも影響は出ると実感します。それに廃炉のめども立てられないのに多額のお金と年月と、おびただしい被ばく労働者を生み出す現実を見れば、原発はあってはならないとわかります。これから福島は復興と言われても、津波の2波、3波が来るかもしれない所で街づくりを語っているような不安をぬぐい切れません。福島には様々な考えの人がいます。地元でがんばるのも、ここから出て新しくやり直すのも、すべての選択を認めて補償しろと言いたい。なぜなら事故の責任、加害者は国と東電だからです。そこを押さえないと「安全」、「問題ない」でごまかれてしまう気がします。

 

  • 米沢追い出し訴訟

 2017年の3月末で自主避難者の住宅無償提供

が打ち切られ、帰還か移住かどちらかの選択が迫ら

れました。しかし、米沢の雇用促進住宅に住む8世

帯が、住宅の無償提供の延長を求め、そのまま住み

続けることにし現在、訴えられています。4月には

文書がきて、「不法占有である。家賃相当額の損害金

を支払って退去しろ。従わない場合は裁判所に訴え、

然るべき法的手段を取る」とありました。昨年の1

1月22日に第一回の裁判が山形地裁で行われ、自

主避難者たちは被告にさせられています。これまで

国は自主避難者に対して、「いやなら裁判でも何でも

訴えたらいい」、「勝手に出た人を支援したのがそも

そもの間違い」、「いいかげんに自立したらどうか」

などと発言しています。棄民政策と言われる所以で

す。私の家族もその被告の一人とさせられました。

私がこの裁判で訴えたいことは、「福島は今も避難

を続けなければならない状況にある」ということです。初期被曝をたくさん浴びたこと、住まいは線量が高いこと、2号機のように福島原発はまだ危険であることなどから避難を続けなければならない状況にある、「避難は権利」だということを認めさせたいと思っています。福島は復興を掲げていますが、復興には前提が要ります。放射能を元に戻すこと、「地域の復興」の前に「個人の復興」がなければならないから、それぞれの暮らし方は保障されるべきと考えます。「初期被曝の衝撃」(山田國廣著)という本が出版されました。どれだけの初期被曝をしたか、原発事故の原因、2号機など今も続く危険、など詳細なデータがあって、今、全国で読書会などが始まろうとしていますし、私は裁判に役立てたいと思っています。

 

 

● 私たちは誰とどんな社会で生きてゆきたいのか

 

長々と私の感じている「福島のいま」を書いてき

ましたが、悩ましいのは住民同士、脱原発運動の中でも対立や分断が生まれていることです。私も関係が壊れた人が何人もいます。それをどう超えられるか。複雑で困難な福島の2018年、子どもの甲状腺検査も廃止の方向で検討されています。県民健康調査検討委員会、ICRPのダイアローグ、福島エートス、放射線リスクアドバイザー、専門家による国際会議などなど、2020年のオリンピックに向け、原発事故は終わったかのようによる動きにはすさまじいものがあります。

そんな中、私はできることを淡々とやるしかありません、起きていることを詩に書き、裁判所に通い駅前で歌う。佐渡の保養を続け、原発に頼らない暮らしを子どもと一緒に体験、快医学で被ばくに負けない体をつくり、対話やカウンセリングを行い、スタディツアーを呼びかけ、あちこちで福島の話をする。思いつくことを精いっぱいやって死んでいくしかありません。

もう日本中で福島の事は忘れたかのようです。でも、迫りつつある危機への備えはしなければなりません。地震の多発、火山の噴火、そして原発の再稼働は過去と悲惨さに学ばない私たちに警鐘を与えています。国は私たちを守ってくれません。繋がりこそがセーフティネットです。2018年、支え合うたしかなコミュニティを作っていきたいと思います。 

 

     以上

 

 

 放射線の危険性と危険度

―環境に存在する福島原発事故由来の強放射性不溶性微粒子―2018/1/22河野益近(京都大学)

 

はじめに

 

「放射能は微量でも危険である!」。この場合の放射能は放射線のことであり、福島原発事故の現状を考えれば放射線を出す物質すなわち放射性物質もその中に含まれます。これまで放射性物質が環境を汚染した大きな原因は大気圏内で行われた核実験であり、チェルノブイリ原発事故です。2011年には、これまで何人もの人が警告していたことが福島第一原発で起こり、放射能によって環境が汚染され、取り返しのつかない現実が出現しています。

核実験やチェルノブイリ原発事故による環境汚染は日本全体に及び汚染のレベルはほぼ同じでした。一方で、福島第一原発事故がもたらした環境汚染も日本全体に及びましたが、汚染のレベルは場所によって非常に大きく異なっています。これまでの放射能汚染と福島第一原発事故による放射能汚染との決定的な違いは、この汚染レベルに地域差があることです。危険性のある放射能の汚染レベルに地域差があるということは、住む地域によって放射能による危険度か異なるということになります。

ここでは簡単に、放射能の危険性と危険度について述べることにします。特にこれまでの環境放射能汚染物質とは異なる形態をした放射性微粒子についても触れます。

 

放射能(放射線、放射性物質)の危険性

 

放射能―この場合は放射線の意味ですが―が人にとって危険なことは、すでに多くの人が理解しているところです。放射能(線)の危険性としては、1950年代にアリス・スチュワートが、妊婦のレントゲン撮影によって、生まれた子どもの癌死が増加する可能性を指摘していました。また多くの医療関係者がレントゲン撮影に伴う被曝で犠牲になっています。放射能(物質)の危険性については、例えば1920年代には、時計の文字盤に夜光塗料(ラジウム)を塗る工場で働く女性従業員の間で骨肉腫などの悪性腫瘍が多発したことが報告されています。原爆による被災者の長期にわたる疫学調査でも、放射能が危険であることは証明されています。

放射能が危険であることに議論の余地はありません。

 

放射能の危険度

 

議論の余地を残している問題に、放射能はどの程度危険か、という被曝量とその影響の関係があります。原爆被災者の疫学調査では、その被曝量が100mSvを超えると被曝線量に比例してその影響が現れることが知られています。しかし、より低い線量での影響とより低い線量を複数回浴びることによって100mSvを超えた場合の直接的な影響については原爆被災者の調査から知ることはできません。

しかし、最近の医療被曝に伴う影響に関する疫学調査の結果は、一回の被曝が100mSv以下であっても、またより低い線量の被曝が繰り返された場合でも、総被曝線量に比例してその影響が現れることが示されています[1,2,3]。図1がその一つで、横軸がCT検査を受けた回数、縦軸が様々な癌の発生割合です[1]。1回のCT検査による被曝線量は、検査部位によって異なりますが、平均的におよそ20mSvです。この図1は20mSv程度の外部被曝であっても、有意に被ばくの影響が現れることを示しています。また、一度の被曝でなくても検査回数が増えて被曝量が増えると、それに応じて影響が増えることを示しています。少なくとも、現在の科学的知見によれば、外部被曝の集積線量で20mSv(年間の被ばく線量ではないことに注意)を超えれば、その被曝線量に応じて発癌という影響が現れるということです。この場合の影響は癌の発症であって、癌死ではありません。

ここでどの程度外部被曝が危険かというと、この図によれば、20mSv程度被曝すれば20%程度発癌率が増加することになります。

図1.CT検査の回数に対する、潜伏期間を1年として被曝している個々人と被曝していない個々人の全ての種類の癌を比較した発癌率比(IRR)。この年齢、性別、誕生年を考慮した後のIRRはCT検査の回数が1回増えるたびに0.16(95%信頼区間、0.13〜0.19)増加した(統計変動はχ2=131.4, P<0.001)。被曝していない人々を除くと、この統計変動は有意な値となる(χ2=5.79, P<0.02)。CT検査を3回以上受けた人の検査回数の平均値は3.5であった(潜伏期間を5年、10年とした場合も同様な傾向を示した)[1]。

 

 

 

内部被曝の危険度

 

外部被曝の危険度に関する研究は、疫学調査の結果としていくつか存在しています。しかし、内部被曝の危険度についての具体的な研究は見当たりません。特に、福島第一原発事故で放出されたセシウムボールと称される不溶性の強放射性微粒子の体内における挙動は全くの未知数です。とくに呼吸を通して肺の内部に沈着したこの微粒子は、容易に体外に排出されないと考えられ、肺胞の局所に大きな被曝を与える可能性があります。

仮に1Bqの放射性セシウムを含む不溶性の強放射性微粒子が肺に沈着したとして、その被曝量を概算してみると、実効線量として年間16mSv程度になります。これまで見つかっている不溶性の強放射性微粒子は、数µmのものが多くそこに含まれている放射性セシウムの放射能は数Bq程度です[4,5,6,7]が、100µmを超え数百Bqという強い放射能を持つ粒子も見つかっています[7,8,9]。数Bq程度の放射能を持つ一個の不溶性微粒子を肺に取り込んだだけで、年間20mSvに近い被曝をすることになります。またこれらの微粒子には、放射性セシウム以外にウランや放射性ストロンチウムを含む多くの核分裂生成物を内包することが知られているので[7,8,9]、その危険度3

はより大きいものになります。

福島第一原発事故で放出された放射性セシウムの大部分は、不溶性の状態で存在しており[10]、大気中の再浮遊している放射性セシウムを含む微粒子の大きさは10µm程度以下であることが知られています[11]。粒径が数ミクロンを下回る放射性浮遊塵は呼吸によって肺の内部に取り込まれるため、再浮遊した放射性微粒子の一部は肺胞にまで達し沈着すると考えられます。

 

 

右図は事故後に成長した蕗のオートラジオグラフィー画像で、採取地は飯舘村です[12]。論文の著者は汚染土壌の付着だけではなく、根からの吸収もあるのではないかと推測しています。そうであれば、微細粒子の状態でも血液を介して人の体全体に取り込まれる可能性が出てきます。少なくとも、事故に伴う直接の汚染を回避できたとしても、汚染した場所では二次的な汚染は避けられないということです。

この福島第一原発事故に特有な不溶性の強放射性微粒子の危険度の評価方法(被ばく線量の評価方法)は、現在のところ確立しておらず、また人の体内に沈着している量を評価する方法も確立していません[13]。ホールボディーカウンターは、体内に存在するこれら不溶性強放射性微粒子の定量評価には全く役に立たないのです。存在が確認され、評価方法が確立していない危険物に対しては、予防原則が適応されてしかるべきだと考えます。

 

土壌汚染密度と強放射性微粒子の関係

 

土壌表面から大気中に再浮遊する放射性微粒子と土壌汚染密度との関係は調べられており[11]、土壌汚染密度が大きくなれば再浮遊する放射性微粒子の量も多くなることが知られています。再浮遊係数として、事故半年後のつくば市で1.6×10-8〜1.8×10-8[m-1]、一年半後の浪江町で5.7×10-11〜8.6×10-10[m-1]という値が報告されています[11]。汚染土壌に含まれるミクロンサイズの強放射性微粒子の割合については、浪江町の測定結果として、汚染密度の1/20〜1/200という値が示されています[8]。土壌に含まれる放射性セシウムのほとんどが不溶性であることが調べられているので[10]、多くは1ミクロンに満たない小さい粒子だと考えられます。これらの微粒子が単独であるいは土壌粒子に付着して再浮遊し、〜10µm程度の粒径になっているものと考えられます[11]。

放射性微粒子だけでなく強放射性微粒子についても、土壌汚染密度が大きい場所では再浮遊する量が多くなると考えられます。すなわち、土壌汚染レベルが高くなれば、環境から受ける外部被曝、内部被曝ともに高くなることになります。これは汚染した場所で生活する限り避けることのできない被曝です。

 

おわりに

 

核実験による放射性降下物が降り注いでいたころ、どこからも避難するという話は出てきませんでした。それは避難する場所が国内にはなかったからに他なりません。大多数は無関心でしたが、一部の人たちは、避難ではなく核実験禁止の運動を始め、大気圏内での核実験を禁止する条約が締結されました。

福島第一原発事故は、日本に均一でない放射能汚染をもたらしました。環境にばらまかれた放射能のうちその大部分を占める放射性セシウムは不溶性微粒子として存在しており、この新しい汚染物はどのような影響を人に与えるかは全く知られていません。内部被曝評価を如何にするかの検討が始まったばかりです。

このような状況で、汚染した場所からより汚染の少ない場所へ避難することは当然の結果だと思います。もちろん避難したくても避難できない状況下にいる人もたくさんいるでしょう。そのような人たちであっても避難する権利はあると思います。憲法の第25条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と書かれています。このような状況を作りだしたのは、国策として原子力を推進している国なのですから、憲法の精神に従って国民の健康を守るためにも汚染地域から避難する権利を認めるべきでしょう。

ましてや、低年齢での被ばくが将来の健康により大きな影響を与えることが明らかなのですから、子どもたちをより汚染の少ない場所で過ごさせることが国や地方自治体の責任だと考えます。

 

*参考文献 

 

[1] “Cancer risk in 680 000 people exposed tocomputed tomography scans in childhood oradolescence: data linkage study of 11 millionAustralians”, John D Mathewset al., BMJ 2013; 346:f2360.

[2] “Radiation exposure from CT scans in childhood andsubsequent risk of leukaemia and brain tumours:a retrospective cohort study”, Mark S Pearceet al., Lancet 2012; 380: 499–505.

[3] “Ionising radiation and risk of death from leukaemia andlymphoma in radiation-monitored workers (INWORKS):an international cohort study”, Klervi Leuraud et al., Lancet Haematol. 2015 Jul;2(7):e276-81.

[4] “Emission of spherical cesium-bearingparticles from an early stage of the Fukushima nuclear accident”, Kouji Adachi et al., NATURE, Scientific Reports 3, Article number: 2554 (2013), doi:10.1038/srep02554.

[5] “Internal structure of cesium-bearing radioactive microparticles released from Fukushima nuclear power plant”, NorikoYamaguchi et al., NATURE, Scientific Reports | 6:20548 | DOI: 10.1038/srep20548, 2016.

[6] “First successful isolation of radioactive particles from soil near the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant”, Yukihiko Satouet al., Anthropocene, Vol.14, 2016, pp.71-76.

[7] “Isotopic signature and nanotexture of cesium-rich microparticles: Release of uranium and fission products from the Fukushima DaiichiNuclear Power Plant”,Junpei Imotoet al., NATURE, Scientific Reports | 7: 5409 | DOI:10.1038/s41598-017-05910-z, 2017.

[8] “福島第一原発事故に由来した土壌中Csホットパーティクルの測定”, 遠藤暁他, 「福島第一原発事故による周辺生物への影響に関する研究会」報告書, KURRI-EKR-15, 2016, pp.220-232.

[9] “福島第一原子力発電所事故により1号機から放出された放射性粒子の放射光マイクロビームX線分析を用いる化学性状の解明”, 小野貴大他, 分析化学Vol.66, No.4, pp.251-261, 2017.

[10] “Physical properties, structure, and shape of radioactive Cs from theFukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident derived from soil,bamboo and shiitake mushroom measurements”, Nobuo Niimuraet al., Journal of Environmental Radioactivity 139 (2015) 234-239.

[11] “Weak size dependence of resuspended radiocesium adsorbed on soilparticles collected after the Fukushima nuclear accident”, Naoki Kaneyasuet al., Journal of Environmental Radioactivity 172 (2017) 122-129.

[12] “オートラジオグラフィーを用いた福島第一原子力発電所起源の放射性降下物の局所的な分布解析”, 坂本文徳他、日本原子力学会和文論文誌(2012), Advance Publication by Jstage, doi:10.3327/taesj.J11.027.

[13] “Modeling of internal dose from an insoluble cesium

    

 

       以上

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